むかし、むかしあるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へ芝刈りに…。
みんな知っている国民的むかし話の「桃太郎」。大正の天才、芥川龍之介がアレンジするとこんなにも欲にまみれた愛憎劇になるとは。
登場人物
桃太郎
怠け者。仕事がしたくないから鬼退治に行くことに。
お爺さんとお婆さん
拾って来た桃から生まれた桃太郎を育てるが、腕白すぎて手に負えないでいた。いっその事鬼に殺されてしまえばいい…と思っていたかも。
犬
桃太郎の家来の中では忠義者。半分のきびだんごで命がけの鬼退治についてゆく。
猿
ズル賢い。桃太郎一味を抜けようとするが、鬼ヶ島にあるという打出の小づちの話を聞きついて行くことを決める。鬼の復讐により死亡。(桃太郎と間違えられた説も…)
雉
地震学に通じている。頭の鈍い犬が嫌い
鬼
平和を愛する種族。踊ったり、歌ったりしながら安穏に暮らしていた。
ストーリー
芥川龍之介の「桃太郎」は人間が”悪人”。鬼が”善人”として描かれています。ストーリーはおなじみの桃太郎と同じように進んでいくが、「みんなを困らせている鬼を退治して、世界を助ける」というキレイなお話ではない。
終始、桃太郎たち人間は卑らしく意地汚く描かれていて、鬼は平和を愛する享楽的な種族として描かれている。
まず、桃太郎が鬼を退治に行く動機は”山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがイヤだったせい”だ。決して世のため人のためではない。
おじいさんとおばあさんも、鬼退治に行くと言いだした桃太郎に協力的で、太刀や陣羽織といった装備から食事のきびだんごと、しかるべき用意を抜かりなくするが、その本心は腕白ものの桃太郎に一刻も早く家を出ていって欲しかったからである。
桃太郎が鬼を退治に向かう正統な理由というものは全くなくて、「仕事がいや」という怠け者の若者と、そんな若者とはさっさと縁を切りたい老夫婦が企てた私的な侵略という位置付けで話は進んでいく。
犬、猿、雉を仲間に入れる時も桃太郎(人間)の意地汚さが発揮されていて、きびだんごを求める犬に対して気前よくあげたりはしない。とっさに算盤を取り、「半分だけあげる」というケチさ加減である。同じように猿にも雉にもきびだんごを半分ずつあげて鬼退治について来させる。「きびだんご半分で鬼退治について行くのは考えものだ」という計算高い猿を「鬼ヶ島にはなんでも好きなものを振り出せる打出の小づちという宝物がある」と猿の欲望を刺激して懐柔する。猿は「打出の小づちで複数の打出の小でちを振り出せば。。。」といやらしい計算が浮かび納得する。
鬼は鬼ヶ島で平和に暮らしていた。鬼のお婆さんは孫鬼たちに「悪いことをすると人間の島に送ってしまうよ。」と脅す。人間をお化けのような位置付けで扱うのだ。お婆さんと人間の間にどのような過去があったかはわからないが、
「人間というものは角の生えない、生白い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛の粉をなすっているのだよ。それだけならばまだいいのだがね。男でも女でも同じように、嘘はいうし、欲は深いし、焼餅(やきもち)は焼くし、うぬぼれは強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」
と、鬼のお婆さんは尋常じゃなく人間を毛嫌いしているのだ。
桃太郎一味は鬼ヶ島、建国以来初めてという恐怖を与えることになる。逃げまわる鬼たちを追いまわし、あらゆる罪悪の前に鬼たちはとうとう降参してしまう。鬼の酋長*1の、なぜ鬼ヶ島の征伐を行ったか?という質問に桃太郎は、
「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼ヶ島へ征伐に来たのだ。」
と答えになっていない回答をする。さらに酋長の「なぜその三匹を召し抱えたのか?」という質問に
「それはもとより鬼ヶ島を征伐したいと志した故、きびだんごをやっても召し抱えたのだ。ーーどうだ?これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺しにしてしまうぞ。」
と回答。全く説明になっていない。それはそうだ。本当の理由は、「山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがイヤだった」だけなのだから。
略奪した宝の山と、子供の鬼を人質として連れて帰った桃太郎。しばらくは思いのままの生活を送っていたようだが、連れて帰った子供の鬼が成長すると鬼ヶ島に逃げ帰り、ちょくちょく桃太郎に復讐に来るようになる。その際に猿は殺されてしまう。鬼たちは桃太郎の寝首をかくチャンスをうかがっていて、いつ鬼の襲撃を受けるかわからない、心が休まらない毎日送ることになる。
著者
芥川龍之介の年表
1903年(11歳)母フクがなくなり芥川家*2の養子となる。
1910年(18歳)府立第三中学校卒業。*3
1914年(22歳)同人誌『新思潮』*5を刊行。作家活動スタート。
1916年(24歳)『鼻』*7を発表。海軍機関学校の英語教師になる。*8
1919年(27歳)英語教師を辞職し、大阪毎日新聞社に入社。創作活動に専念できる環境を与えられる。友人の紹介で塚本文と結婚。
1924年(32歳)「桃太郎」発表。
1925年(33歳)文化学院文学部講師に就任
1927年(35歳)自宅にて睡眠薬を飲んで自殺。
芥川龍之介 存命中の世界の主な出来事
1894年(2歳)日清戦争
1904年(12歳)日露戦争
1910年(18歳)日韓併合
1914年(22歳)第一次世界大戦勃発
1923年(31歳)関東大震災
1927年(35歳)金融恐慌
読み終えて
子供の頃からなんの疑いもなく、桃太郎という英雄が悪い鬼を退治して困っているみんなを助けるという英雄譚だと思っていたが、そうではなくこんな見方もあるのか。と衝撃を受けた。この頃の日本は列強各国に追いつくために富国強兵を推し進めている最中。列強も自国の欲望をむき出しにして侵略を繰り返していた。芥川龍之介はそんな時代背景の中、人間の自分勝手な欲望を見出し本作で表現したのかもしれない。と感じた。
短い話でリズムが良く、とても読みやすい。あっという間に読めるのでぜひご一読を。